企画株式土佐龍馬会 TOSA-RYOMA

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こんにちは

​企画株式土佐龍馬会です

​土佐龍馬会ホームページへようこそ

​ごあいさつ

 文久2年(1862)3月24日、28歳の龍馬は「吉野に花見に行く」と言い残して同志・沢村惣之丞とともに土佐を脱藩しました。この「吉野」とは、現在、高知市神田字才谷山にある和霊神社がある辺りのことで、当時は桜の名所だったそうです。龍馬はこの和霊神社に立ち寄り、水盃をしたと伝えられています。無事に目的を達することができるようにとお祈りしたのでしょうか。

 脱藩後の龍馬は、33歳で亡くなるまで幕末維新の志士として「日本で初めての商社亀山社中計画設立・薩長連合成立・大政奉還の基案船中八策」等、日本の夜明け、明治維新の改革に大きく活躍しました。

 今の時代、龍馬の、不掘の精神・人を愛し平和を愛し平和求める心をしっかりと受け継ぎ、自らの手で世界に目を向けた、希望あふれる元気な社会を構築しようとする人材を必要としています。
 現在、4月には、日本を思う龍馬を尊敬し師と仰ぐ全国の龍馬会からなる「龍馬社中」に世界に第200番目(日本国内185、海外15)の龍馬会が、シンガポールに誕生しようとしています。

 龍馬の心意気を受け継ぎ、次の時代に龍馬の生き方、「大きな夢」と精神を多くの皆さんに未来まで伝えていきたい。また、「龍馬に追いつき、追い越そう。全世界の龍馬ファンの皆さまと友に交流を深めていきたいと考え、このホームページ土佐龍馬会を開設いたしました。

土佐龍馬会会長  田村 滋

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